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 あれは普段、あまりオレに関わろうとしない。
 お子様なりに、どうせ話が通じないと考えるだけの脳はあるのだろう。賢明な判断。その点に関しては評価できる。そんなことも分からない馬鹿共よりは、幾分マシなはずだ。

 マシなはず、なのに。

 何を考えているのかわからない、がとにかく人を煽るのが趣味の仮面男や、手前の始末すらつけられない身分で他人の世話を焼きたがる、どうしようもない落ちこぼれより。彼が微かにオレを避けるその仕草が、時折生温くオレの神経を逆撫でする。
 元々彼は心身共に本当にお子様なようで、言動の至る所からその感情が呆れるほどストレートに露呈している。ああ、嫌われているようなのは全くもって構わない、馬鹿に好かれたところでメリットなんて微塵もないのだから。
 だから嫌いなら嫌いと、はっきりとオレのことを避けてくれればいいと思っている。視界も過らないようになればなお良い。しかしあのお子様はオレに接するときだけ傲慢にも顔色の一つも変えず、表面上では"オレを嫌っていないような態度を繕おうとでもしているかのように"オレに接してくるのだ。彼がオレを嫌いなのは、もう誰の目にも明らかなのに。今更誰に繕えるわけでも、繕うべき理由もないのに。

 きっと、だからだ。ほんの一瞬――なのか実際には長い間だったのかは分からないが、とにかくオレがふと見た瞬間弟が彼のことを眺めていたそのとき。つい、こちらから声を掛けるなどという無駄極まりない行為を犯してしまったのは。
 些細だが、オレの人生で五本の指には入る程度の失態だ。

「相変わらず、貴方には向上心の欠片も見当たりませんね……低俗なことばかりに現を抜かして。能天気もそこまで行くと、寧ろ羨ましいようにすら思えてきます」
「…そうかなあ、楽しいことって大事だと思うよ! キミも難しいことばっかり考えないで、もっと素直にいろんなことを、いっぱい楽しむといいんじゃないかな」

 ほら。まるで、無邪気に笑ったまま。
 口端が引き攣る程嫌いなら、今すぐ足早にここを立ち去ればいいのに。

「全く……馬鹿はこれだから困るんです。なぁ、お前もそう思うだろう?」
「違う、と思うな」 

 煩い、と思った。
 それは単に軽々しく横槍を入れられたからだけではない。普段はきんきん耳に響いてくる年少者のようなその声のトーンに、年相応の重力が働いたように聴こえたからだ。
 耳につく、と思った――こちらの方がより、適切なのかも知れない。

「オレは弟に訊いているんです。横から口を挟まないでください」
「それが、違うんだよ」
「何が」
『本人に訊いてみなよ』

 ――あれはきっと、間違いなく、そういう笑い方だった。

 ここで"子供の癖に生意気な"と感じるのは、もしや実際には同年代であるこいつの策略に嵌っているだけなのではないか。一瞬そんな恐れを抱いてしまうほど、それは計算高い笑みに見えた。それほどまでに純粋な笑みだったのも確かだ。普通の人間には決して汲み取り解すことのできない、オレにしか通じない言語であるかのように、目的の上で純粋な。
 まるで主導権を握られたかのような風向きの中素直に従うのも憚られ、まずは視線だけで訊いてみた。だが弟は何時もと違わず、俯いたまま一言も発しない。ああ、なんだこの腸を炙られるような不快感は。これが、苛立ち、か? ――だとしてもそれは、決して弟に向けたものではないはずだ。弟はオレが守るべき、無垢で無知な存在なのだから。向けるとしたら、それは、"あの"。

「何も、違わないだろう? …――ああ、目の前に彼がいるから、遠慮でもしているのか…馬鹿馬鹿しい。お前にはオレがついてる。だから馬鹿を恐れる必要なんてない」
「そういう接し方がさ。間違ってると思うよ」

 勝手且つ、全くもって無遠慮な物言い。さすがお子様と言うべきか、しかしそこにいるのがもし本物の子供であったなら決して、そんなことは言わなかっただろう。
 子供という存在は、本能的に分かっているものなのだ。相手が自分より優れた存在か否かということ、そして自分より優れた存在には決して逆らってはいけないということを。心身とも未成熟な弱い存在がなぜ社会で淘汰されず、成熟していくことが出来るのか。その一見不可解な事象の答えとなるのがこの、子供特有の無意識下の判断力に他ならない。そしてそれは成長と共に失われ、いずれ成熟し意識上の不確かな判断力しか残されない状態で他の個体と競り合って、相手が自分よりも優れていればそのとき"不必要な個体"として淘汰されるのだ。

 ならば先刻の彼の発言は、子供を装ってはいても哀れなことに判断力の退化には気づけなかった、自らが今まさに淘汰されるべき個体であると告げる愚かなものと解釈すべきか―――


 ――それとも、子供の絶対的な判断にオレは劣等だと告げられた、と、そう解釈すべきなのか。


「…お子様に、何が分かると言うんですか」
「わからないよ」

 敢えて挑戦を受けようと噛み付けば、何の不自然もない軽やかさでその身を躱される。
 まるでこれこそが遊戯だ、そう感じたのは決して余裕からではない。皮肉にも、何の計算もない率直な感想と言うべきか。

「わからないよ。何にもね」


 ――――なんで、まだ、笑ってる。